ニビイロ−第十一話−

※下に書いてあるのはト書きです。
※アドリブを入れるのは自由ですが、台詞の意味などは変えないでください。
※3番タイムなどに、自分の役の台詞とト書きだけでも良いので、ちゃんとチェックしてから演じてください。
※基本的に、色のついたセルは、ト書きです

ホムラ1はかぶりでお願いします。

フイゴ 40代後半〜50代 「ホムラ」の一族の長
タタラの実父。粗野な言葉遣いや態度ではあるが、家族思いでのんびり者である。
大所帯のホムラ一族を纏め上げる男。人間ではないような巨体。
だが、担当する仕事はロウ付け。(本人曰く「隠居」)
このときの年齢は三十代後半〜四十代
フウ エンの姉。13〜14歳。
穏やかで、少々大人しめではあるが、真の強い優しい姉。
ソラ族の中でも、ソラの力を使うのに長けている。
次期風の巫女候補でもあるぐらいの力と、美貌の持ち主。
エータ エンの兄 中学2、3年生ぐらい。
見た目は、エンの生き写しのようだが、性格はエン以上に活発。
弟と妹を大事にしている。ソラ族の期待の若者であった。
ヅチ タタラの兄 エータと同い年。
エータの親友。タタラにとっては、大好きな兄。
ホムラの頭領の息子という名に恥じない実力の持ち主。
性格的には、同級生のエータの前では多少優等生に見えるが、
冒険心や好奇心が旺盛な少年。
幼タタラ 幼いタタラ
この頃はまだ、鉄を扱うことも無く、両目とも健在。ちょっと内気な女の子
チクロ フイゴの長男 イガタ、ヅチ、タタラの兄。
年齢で言えば高校3年生〜二十歳前後。
いろいろとめんどくさがりでマイペースな性格ではあるが、
ホムラ一族の長男と言う事に誇りと責任を持っており、堅実に物事を考えている。
イガタ フイゴの次男 タタラとヅチの兄。チクロの弟。
年齢で言えば高校1、2年生ぐらい。
兄弟で一番しっかりしている。(父いわく、性格は母似)
父や兄を支えるような職人になりたいと、日夜努力を続けている。
ゲンコ タテシ一族の若者。
当時まだ二十歳前後。
チクロの親友であり、よきホムラの理解者。むしろ、フイゴ一家の一員のようなもの。
サンキリ 四十代後半〜50代 「ホムラ」の一族の一人。
この街の職人であるから、やはり口調や態度は荒いが、子供好きで、フイゴの子供達を始め、
ホムラの子供達の面倒をよくみる優しいおっさん。血筋的には、フイゴの従兄。
(チクロと被りでお願いします)
このときの年齢は三十代後半〜四十代



時代・世界観
舞台背景など
高度科学(高度工学?)と魔法がまだ共存している時代。
舞台となる、工業都市・ニビは、世界でも有数の工業都市。
そこで作られるものは、高評価を得ていた。

その街で暮らすものたちは、ほとんどの職業ごとに、一族に分かれている。
ホムラ一族 フイゴ率いる炎の一族。
炎を扱う事に長けており、またそれを生業とする一族。
フイゴの娘、タタラが頭領代理。
ハコビ/ソラ一族 ヨク率いる空の一族。
風を読む事に長けている。空輸、または運搬艇を使った資材運びを
生業としている。
ヨクの息子、エンは、若手のまとめ役。
タテシ一族 ゲンコの一族。
大工仕事や建設、いわゆる「建てる事」を生業とする一族。
ゲンコは、この中でも期待されている若手。
ソラフネ 飛行機のようなもの。空を飛ぶ船。
ニビの街では、これや準ずる物を盛んに作っている。
兵器等を積み込んだ"戦艦”も作られる。
ソライス
(エアースクーター)
ソラフネと同じ構造で、空を走る。
見た目はバイクのタイヤが無いバージョンみたいなもの。
エンもよく乗っている。
ツクラレ いわゆるサイボーグ。
四肢を亡くした者は、その代わりに機械義肢をつけられるが、
痛みを取り払い、すぐに機械義肢を元の身体のように動かせる代償として、記憶を奪う。







ナレ 「卍巴と渦巻く悲鳴の中、避難する群衆の中、母を呼ぶ子供の声、
 子供を捜す母の声、そして、銃声、破壊音…。
 つい数時間前までは平和な日常が流れていた、この街が壊れていく……。
 ガラクタ置き場での惨事から少し経ったニビの街では、
 侵攻してくるリューモウ軍の攻撃により、壊滅的な被害を受けていた」

フイゴ 「逃げろ!敵が来るぞ…全員いるか?!」
ナレ 「工場内も、混乱が吹き荒れていた。
 その中をホムラの頭領、フイゴが、大きな身体を揺らしながら工場内を駆け回って、避難を促していた。
 …一方、その頃、ガラクタ置き場では…」

チクロ 「タタラ!!ヅチ!!下に居るのか!おい!生きてたら返事しろ!!」
ナレ 「リューモウの軍は皆、街のほうに向かってしまい、今では炎が燻ぶるだけの、ただの焼け野原となり、静寂を取り戻していた」
チクロ 「大丈夫か?!おい、おい!!タタラぁ!ヅチ!!兄ちゃん来たぞ!チク兄が来たぞ!!」
自分の上着を脱いで、瓦礫の周りの燃え盛る炎を叩いて消している。その状況のため、半狂乱。
ゲンコ 「チク!水を持ってくるから!!」
瓦礫置き場の片隅には、古い、蛇口付きの井戸がある。
そこからホースを引っ張ってくるつもりだ。
チクロ 「あぁ、頼む…!!」
―瓦礫の中―
中は運よく空洞となっていたが、炎は燃えていた。
タタラはぬいぐるみを抱きしめたまま泣いている。
幼タタラ 「…兄様…兄様ぁ…」
自分を庇って左腕を失い、その上、身体の右半分を瓦礫の下敷きになっている兄に、泣きながら呼びかける。このときには、ヅチの右腕右脚もつぶされている。
ヅチ 「…泣かないで…タタラ」
だが、状況にも関わらず、痛みは感じて居ない。
チクロ 『おい!タタラ!ヅチ!居たら返事しろ!!おい!!」
幼タタラ 「チク兄様が…来てくれた…」
安堵の表情。
ヅチ 「…そう…もう、大丈夫だね…タタラ」
幼タタラ 「…もう、大丈夫…大丈夫だよ」
ヅチ 「うん…だから、タタラも…泣かないで」
幼タタラ 「大丈夫だよ、大丈夫だから…ヅチ兄様、死んじゃやだぁ…」
ヅチ 「泣かないで…僕は大丈夫だから」
遠ざかる意識。兄が来たので、安心したのか、アドレナリンが切れ、痛みを思い出す。
チクロ 『今助けてやるからな!!』
ゲンコ 『もって来た!!これで大丈夫だ!!』
ホースを引っ張ってくる。
幼タタラ 「…兄様、もうすぐだよ…もうすぐ、出られるよ」
ヅチ 「……タタラ……」
幼タタラ 「…もうすぐ、チク兄様と、ゲン兄様…助けに来てくれるから……」
ヅチ 「…泣いちゃ、ダメだよ……笑って、タタラ……」

ナレ 「こうして、チクロとゲンコは、何とか二人を助け出すことに成功した。
 だが、ヅチは意識不明の重体、身体の損傷も激しかった」
チクロ 「ヅチ…よくやった…」
ヅチ 「……」
ソライスの荷台に、兄と二人乗りする形で載せられたヅチは、呼吸はしているものの、意識はもう、ない。四肢はもう、左脚しか残って居ない状態。
ゲンコ 「タタラ嬢ちゃん…寝ちゃったよ」
ゲンコの背中には、落ちないようにとタタラが負ぶわれている。
安心したのか眠っているが、背中や足の裏等には酷い火傷を負っている。
程度的には2度…広範囲の為、ショック状態に陥っていたが、今は落ち着いて眠っている。
チクロ 「…こいつ等病院に運んだら…すぐに工場のほうに行くぞ」
ゲンコ 「あぁ…いそがねぇと…!」
ナレ 「二人はソライスを走らせる。
 早くしなければ、背中に感じる、命のともし火は燃え尽きてしまう」
チクロ 「タタラぁ、良い子にしてたみたいだなぁ…ちょっと大きくなったんじゃねぇかぁ?」
状況に反して、優しく。「起きているタタラ」に話しかけるように。
ゲンコ 「なったさ、お前がこの街を出て…タタラ嬢ちゃんもヅチもイガタだってお前の言いつけ守ろうと頑張ってたんだぞ」
チクロ 「……本当に、ごめんな…タタラ、ヅチ」
ゲンコ 「チク……今は泣いてる時間はない、急ごう」
チクロ 「あぁ!!」

―工場内、ホムラ一族のシェルターー
ナレ 「工場内にある、一族毎のシェルター、ここは、ホムラ一族が使う場所。
 そこには、フイゴやほかの者達によって誘導されたホムラの者達が、大人も子供も集まっていた。
 皆、一様に不安そうな顔をしている。
 シェルターの外、工場内にも、リューモウの軍が攻め入ってきていて、予断を許さない」
フイゴ 「全員居るかぁぁぁ?!」
駆け込んでくる、自分の子供らはもうみんな避難していると思っている。
だが、目にしたのは、泣き崩れている妻と、それを宥めているホムラの女たちの姿。
フイゴ 「おい、母ちゃん!!イガタは?!ヅチとタタラはどうした?!まだ来てねぇのか?!」
サンキリ 「フイゴ!!フイゴ…!!まだ来てねぇんだ!!タタラ嬢ちゃんも、ヅチ坊も、まだ来てねぇんだよぉぉ!!」
子供好きのこの男は、よく、ホムラの集落でも、タタラやヅチ…フイゴの子供達などの面倒をよく見ていた。
フイゴ 「何ぃ?!」
ナレ 「あわてて、シェルターから出て行くフイゴの背中に、シェルターの扉が閉まる音が冷たく響いた」

ゲンコ 「もう少しだ!!もう少しで病院だ!!」
ナレ 「猛スピードで、二人のソライスは、戦場と化した街を駆けていく」
チクロ 「…しっかりしろ、ヅチ…もう少しだ!」
ゲンコ 「早くしねぇと…あいつ等…この街を本気で壊す気だ!!」
ナレ 「見上げた空には、リューモウのソラフネが大挙して押し寄せており、次々と街に爆弾を投下して行く」
チクロ 「…ちきしょう…」
吐き捨てるように…この状況が酷く恨めしい。
ナレ 「その時、彼等の後ろの路地からは、轟音を響かせ、周りの家々を破壊しながら、巨大なリクフネ(戦車)が現れた。」
チクロ 「行くぞ!!」
ゲンコ 「もっと高度を上げろ!!このまま逃げ切るぞ!!」
チクロ 「あぁ、言われなくとも!!」
ナレ 「円盤型のリクフネの外周には、何本もの砲台が付けられていた。
 そして、そこから砲弾が発射され、さらに周りの家々を破壊して行く。
 逃げ惑う人々の中、チクロとゲンコは先を急いだ」
チクロ 「ちきしょう!!何だってんだ!!俺等が何をしたって言うんだ!!
 タタラが、ヅチ…エータもフウも…この子等が何をしたってんだぁぁぁぁぁぁ!!」
砲弾を避けながら…とうとう本音をぶちまけながら先を急ぐ。
ゲンコ 「今はそういうこと言ってる場合じゃないだろ!」
チクロ 「だがよ!だがよぉ!!何でヅチが…タタラが…あぁあぁあああああ!!」
ゲンコ 「落ち着け!!落ち着けって!!」
チクロ 「落ち着いてられるかぁぁ!!」
ナレ 「青年は叫んだ。
 この怒りは、どこにぶつければいいのだろう。
 解らない…その苛立ち故か…それとも、悲しさゆえか。
 だが、その時、チクロのすぐ前には、もう一台のリクフネがあった。」
SE(砲撃の音)
ナレ 「至近距離で発射された砲弾を、正面から腹部に受け、その衝撃で、チクロの身体は地面に投げ出される。
 リクフネがそれに向かって動き出し、彼の乗っていた自慢のソライスを、無惨にも押し潰す。
 もう少しで彼と…背負われたヅチもそれと運命を共にする…と、思われた瞬間、何かが彼等を掻っ攫う。…ゲンコだった」
チクロ 「ぐ…あぁあっ!!」
ゲンコ 「…大丈夫か!?」
チクロ 「…ヅ…チは?」
ゲンコ 「…ヅチも無事だ!ちょっと待て、どこかにいったん降りるぞ!」
息はあるものの、残っていた左脚も爆撃で吹っ飛んだ。
チクロ 「…あぁ…」
ナレ 「ゲンコは、少し離れたニビの街を見渡せる丘に、チクロをおろした。
 そのままの体勢では、早く飛ぶには無理があったからだ」


チクロ 「…先に…こいつ等を運んでくれ…」
ゲンコ 「馬鹿っ…!お前、本当に、馬鹿だなぁ!!」
自分の上着を脱いで、チクロの腹に巻きつけ、止血する。
チクロ 「…すまん…あと…」
ゲンコ 「なんだよ!?」
チクロ 「…これ、親父に……」
ベルトに付けているポケットバックから、一冊のちょっと分厚い手帳を取り出す。
ゲンコ 「…これは?」
チクロ 「俺が…この二ヶ月…ロギザで調べた新しい鉄の…ぜんぜん…完成なんてしてねぇけど……親父に……」
ゲンコ 「…解った!だから、もう、しゃべんな!すぐ迎えに来るからな!死ぬなよ!絶対死ぬなよ!バカヤロウ!!」
チクロ 「……カンナとさ……幸せになれよ」
ゲンコ 「そんなこと言うと、お前がこれから死ぬ見てぇじゃねぇか馬鹿!!」
チクロ 「…ちょっとだけ、病院に運んでくまえに、ちょっとでいいから、タタラだけでも…こっちによこしてくんねぇか?」
ゲンコ 「…解った」
二人を動かすのは危険だが、比較的状態の軽いタタラを、チクロに抱かせる。親友の、最期の頼みだと理解したくないが、理解してしまう。
チクロ 「……」
力が入らない身体で、精一杯抱きしめ、少しした後、気が済んだのか、手を離す。幼い兄弟達を置いて逝くのが心許無い。
ゲンコ 「…いいか、すぐ戻ってくるからな!絶対死ぬなよ!!!」
チクロ 「あぁ…早く来いよ…お前も」
ゲンコ 「…当たり前だ!!」
ナレ 「ゲンコは、タタラとヅチを連れてその場を去る。丘の上は、いつもと変わらず、静かに風が吹いていた。
 その下の街で起こっている惨状…砲撃音や、銃声を聞きながら、そっとチクロは目を閉じた」
チクロ 「………親父、すまん……」
最期の一言、噛締めるように。
―その頃、製鉄場に向かう通路―
フイゴ 「っ…!!」
何かを感じ取る。
フイゴ (まさか…な…)

ナレ 「それからしばらくして、再び丘。
 二人を病院まで送り届けたゲンコが、チクロを迎えに戻ってきた」
ゲンコ 「おい、病院行くぞ」
と、チクロの顔を覗き込むが、その場で横たわって目を瞑っている状態。
反応がない事で、何かを悟る。
ゲンコ 「おいっ!!チク!チク!!起きろこら!!馬鹿!!なに寝てんだよバカヤロウ!!」
必死で揺さぶるが、友からの答えはない。
ゲンコ 「チクロ!!おい!こらぁ!!…死ぬなって言ったじゃねぇか…俺を一人で置いてくなよぉ…チクロぉ…」
叫びが、次第に嗚咽に変わる。
ゲンコ 「………」
ナレ 「しばらくその場で泣き伏していたゲンコは、不意に何かに操られたかのように立ち上がった」
ゲンコ 「…おやっさんに、知らせなきゃ……」

ナレ 「第一製鉄所、フイゴが辿り着くと、燃え盛る炎の中、案の定、そこには次男イガタが炉の前に一人、鉄槌を持って立っていた。
 先ほど、工場自体に爆弾が落とされ、その衝撃で、炉がいくつか破壊されたのだ」
フイゴ 「バカヤロウ!!早く逃げろ!!母ちゃんはもう避難してるぞ!!」
製鉄所に降りる階段の上から声をかける。炎で近づけない。
イガタ 「親父殿……俺、ここに残らなきゃ…チクロ兄様との約束なんだ…兄様が戻ってくるまで、炉を守るって」
ちょっとぼんやりと。兄に言われた事を守ろうとする責任感だけでそこに立っている。
フイゴ 「そんなこと言ってる場合か!?」
イガタ 「でも、ヅチとタタラ…一族の為にも、ここを残さなければ…」
フイゴ 「バカ!!…!! 逃げろ!湯がくるぞ!!」
ナレ 「摂氏1500度で溶けた鉄(湯)が、炉から流れ出し、イガタの足元に静かに迫っていた」
イガタ 「…俺、一生懸命鉄を打ってる親父殿が大好きだ。ホムラ一族のみんなが大好きだ。
 …だから、また親父殿や兄様達が仕事できるように、ここ…守らなきゃ」
フイゴ 「逃げろつってんだろ!!バカヤロウ!!父ちゃんの言うことが聞けねぇのか!!おめぇが死んだら元も子もねぇだろうが!!」
ナレ 「その言葉に、やっとで恐怖と言う感情を思い出したのか、イガタは恐慌に陥る」
イガタ 「……親父殿っ…!!助けてくれ…親父殿っ…いやだ…いやだ!!死にたくない!!死にたくない!!助けて…助けて!
 死にたくないよぉ…怖いよ…怖いよぉ…!父様ぁぁぁ!!」
迫りくる死の恐怖に、狂乱状態に陥り、子供のように泣き叫ぶ。(父様…幼い頃の、父への呼称)
フイゴ 「イガタ!!こっちだ!!早くこっちに来い!!」
必死で手を伸ばすが、イガタは脚が竦んで動けない…と、言うよりも流れ出した湯の煙や蒸気の所為で、イガタは健在だった右目も潰されてしまっていて父の姿が見えない。
実は、フイゴがここに辿り着く随分前から。
イガタ 「動けないよ…父様…父様、何処に居るの…父様……声がするのに…父様…」
フイゴ 「ここだ!父ちゃんの声がするほうに走れ!!イガタ!!イガタ!!」
イガタ 「父様…!」
やっとで、フイゴの居る方向が解り、安堵の笑みを浮かべ、ゆっくりと歩き出す。視界が無いため、おぼつかない足取り、 だが確実にフイゴのそばまで来ていた。
が、後ろにも湯が迫っている。
フイゴ 「よし!こっちだ!もう少しだ…!」

イガタ 「あ゛ぁぁぁあああ……!!」
ナレ 「手が触れようとしたその瞬間、大きな炉から流れ出た<湯>は、イガタの足を飲み込んだ。
 煙が上がる。イガタは鉄の中に溶けて行った……」
フイゴ 「…イガタ…イガタ…」
イガタは、他の3人に比べてわがままを言うこともなく、責任感の強い、優等生的な次男。
そのまっすぐで正直な生き方を、父親としてずっと心配していた。それが、最悪の形で現実となった。
ナレ 「その場で父は呆然と座り込んだ。
 息子は、鉄の中に溶けて行ってしまった。
 つい数時間ほど前までは、一緒に鉄を打ち、笑っていた息子が…」
フイゴ 「…イガタぁ…」
ナレ 「項垂れるフイゴの元に、足音が近づいてきた。
 だが、振り向く事も出来ずに、彼はその足音の主を迎えた」
ゲンコ 「おやっさん!!こんなとこで何してんですか!!」
フイゴ 「ゲンコか……イガタが…イガタが……」
絶望し、茫然自失状態のフイゴ。
ゲンコ 「おやっさん?…イガタがどうかしたのかい?!」
フイゴ 「湯に飲まれっちまったっ…湯に飲まれて……」
ナレ 「ゲンコが視線を移すと、第一製鉄場の床全体が湯に飲まれ、その中に、イガタの使っていた槌が見えた。
 そして、ゲンコは…すべてを悟った」
ゲンコ 「……おやっさん」

ナレ 「その頃、タタラとヅチは病院に担ぎ込まれていた。
 ヅチは辛うじて生存していたが、身体の損傷が激しく、そのまま生存するのは不可能な状態。
 彼に残された道は、一つしかなかった。
 タタラは、火傷の治療が終わり、病室のベッドの上…熱に浮かされながら何度も、うわ言で父と母、兄弟達を呼んでいた」

ナレ 「それから数時間後、何とか正気を取り戻したフイゴは、ゲンコと共に、病院を訪れていた。
 病院の広場には、たくさんの…ニビの街の犠牲者たちが並べられていた。
 もう助からない、またはもう死んでいる者達は、ここに並べられ、辺りには呻き声や、家族や親しい者の死を看取り、嘆く者達の声、
 そして、腐臭と血の臭いが立ち込めていた」
チクロの亡骸を目の当たりにして、また放心しているフイゴ。
もう、その顔には絶望しかない。
フイゴ 「………」
ゲンコ 「おやっさん…チクロは…」
フイゴ 「…解ってる」
ゲンコ 「チクロ、頑張りました」
フイゴ 「解ってる…解ってる…だから俺には、何も言わないでくれ!!」
目の前で鉄に抱かれ、跡形も無く死んでいった次男と、目の前の長男の亡骸の存在を信じたくない。
ゲンコ 「……」
フイゴ 「頼む、一人にしてくれ……頼む……」
ゲンコ 「……解りました」
ナレ 「その場に座り込むフイゴを置いて、ゲンコはタタラとヅチの元に向かう。
 その姿には、いつもの力強さは、どこにも無かった…ゲンコの背中に、フイゴの慟哭の声が響いた」
ゲンコ 「…チクロぉ………バカヤロウだ…お前……本当に、バカヤロウだ…」
フイゴから離れて、人気の無いところに言った瞬間、とうとう感情を抑えることが出来なくなった。泣き出す。
(SE)鐘の音
ゲンコ 「…!!」
ナレ 「ニビの街の、惨劇を洗い禊(みそ)ぐように、街中の神殿などの鐘が荘厳に鳴り響く」
(SE)鳴り響き続ける鐘の音
ゲンコ 「やめてくれ…!!!やめてくれよぉ…!!」
(SE)鳴り響き続ける鐘の音
ゲンコの脳裏に、亡くなっていった者達の、在りし日の姿が、フラッシュバックする。
ホムラ四兄弟の笑顔、ホムラ一家とすごした日々、エータといたずらをして、ヨクに怒鳴られた日。
ソラとホムラの子供達は、家族の居ないゲンコにとっては、弟や妹のような存在だった。
回想
チクロ 『なぁ、ゲンよぉ…俺はな、親父の後を継ぐだけじゃなくて、ホムラを…ニビの街をもっと良くすることを考えてるんだ…
 ほら、そうすればさ、親父ももっと、タタラやヅチと遊んでやれるだろ?
 もっと良い鉄を作れば…そうすれば、もっとこの街は良くなるはずなんだ」
ある時、二人で人生について語り合った時に、チクロは、希望とやる気にあふれた表情で、ゲンコに語っている。
エータ 『ゲンコ兄ちゃん!あのさ、俺……親父みたいな、ソラの男になりたいんだ…親父には言わないでくれよ?
 絶対、あの親父、調子に乗るから…!いつか、でっかいソラフネ運転して、ヅチと一緒に世界を見て回るんだ。
 んでさっ、土産いっぱいもってくる!もちろんゲンコ兄ちゃんにも!』
ある時、ふと二人っきりになった時に、ゲンコにエータは語った。ゲンコやチクロの前ではエータはまだ子供のような表情を見せる。
フウ 『ゲンコ兄様…そんなに悲しい顔をなさらないで下さいませ。
 私は、何も怖くないんですから。この力を持って生まれた事…そして、この街を守れる事を、私は誇りに思います。
 だから、私が死んでも、決して……お嘆きにならないで下さいませね。
 私は…死んでも、風の神の元で、ずっとこの街…ニビの街を見守って居ますわ」
風の民の神殿に、巫女候補としていくと言う事が決まった事を、ゲンコに打ち明けた時。何も恐れる事の無い、幸せそうな笑顔。
(SE)鳴り続ける鐘の音
ゲンコ 「…ちきしょう…俺等が何をしたってんだよぉ…チキショウ…チキショウ…」
ナレ 「これが、フイゴとヨクの言っていた『あの日』の出来事のすべてである」






















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